シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】
「今日も良い天気だわ・・・」

エミリーは花に囲まれた部屋の中、窓際の椅子に座ってぼんやりと外を眺めていた。


―――どこまでも続く青い空。

この、向こうの空の下に白亜のギディオン城がある。

瞳を閉じると、城の独特な朝の物音が思い出される。

朝の早いギディオン城の人たち。警備兵たちが交替の挨拶をする声。

城下に住んでいる使用人達が登城してくる賑やかな話し声。

いつも目覚まし代わりに聞いていた小鳥たちの囀り。

傍の高木の鳥の巣には雛が孵っていたっけ・・・。

少し前のことなのに、もう随分城を離れている気がする。


朝日の当たるアランの塔。

優しい人たちにいつも囲まれていた。

毎朝、食堂の扉を開けると迎えてくれる優しいブルーの瞳。


瞳を閉じると今も鮮明に思い出される、あの声。

今も身体に残る、あの逞しい腕のぬくもり。

武骨だけれど優しい手。

今も髪に頬に温かい記憶が残ってる、わたしだけの優しい手。

この先何があっても、シルヴァにどんなに乱暴に触れられたとしても、これだけは忘れない。

温もりの記憶を身の内に閉じ込めるように、掌でそっと胸を押さえた。


澄み渡る朝の空、いつでも、どんなときでも、


空はこんなに青い・・・。



「失礼致します。エミリー様、朝食のご用意が出来ました」

いつものように、二人のメイドが身支度を整えにやってきた。

「今日も良い天気ですね・・・っ!どうなさったのですか?」

二人のメイドが目を丸くして走り寄ってきた。

「まさか、あのお――いえ、シルヴァ様が何か?」

そう問いかけてくる赤毛のメイドの瞳は、なんだかとても真剣で、怖いくらいの光を放っている。

「いいえ、なんでもありません。ただ、空がとても青いなぁって思って。見上げていたら・・・なんだか切なくなってしまって。おかしいでしょう?記憶を失ってしまったせいかしら」

ぎこちない微笑みを作って涙を拭いた。

メイドは悲しげに眉を寄せて、そっと細い肩に手を置いた。

「記憶は、きっとすぐに戻ります。その時には、エミリー様本来の笑顔が戻るでしょう。それは、今日かもしれませんし、明日かもしれません。その日のために力をつけないと。沢山食べて、元気を出しましょう。でないと、記憶が戻った時困ってしまいます」

「そうね、みんなに心配かけてしまうわ」


この娘、何処と無くメイに似ている。

赤毛だからかしら。なんだかとても安心出来る・・・。

「沢山、食べなくちゃね」


メイドを見つめるエミリーの表情には、久々に自然な笑みが零れていた。
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