シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】
今日はシルヴァがいない。

仕立屋さんが来る日だっていうのに、珍しいわ。

何時も何もなくても、朝から来て、わたしの髪を触ったり手を握ったり。

いつかみたいに、無理矢理キスしてくることはないけれど、相変わらず、いつ何をされるのか分からない。

シルヴァの姿を見ると、つい身構えてしまう。

だから、こんなにのんびり出来るのは久しぶり。


エミリーはゆったりとソファに座り、脇に飾ってある花を眺めた。

とはいえ、部屋の中に完全に一人というわけでは無い。

代わりに、バトラーがずっと傍にいる。

わたしにはどこにも行くところがないし、メイのこともあって逃げないのを知っているのに、こうして見張ってる。


”エミリー様に危険が及ばないよう見守る様にと、堅く言われております”

って言ってたけれど、危険が及ぶって何のことかしら。


「申し訳ございません。少しの間失礼いたします」慌てて出ていくバトラー。

こんな風に、さっきから何度も皆に呼ばれて出ていくけれど、いつもすぐに戻ってくる。

しかも息を切らして。そんなに急がなくても良いのに・・・しかも今回は髪も乱れているわ。

バトラーの律儀さが可笑しくて堪らず笑みが浮かぶ。

・・・どうしたのかしら。なんだか驚いたような顔をしてるけど。

「バトラーさん?」

「何でもございません・・・。エミリー様、今仕立屋が参りまして、ただ今準備をしております。下階の広間にご用意しておりますので、シルヴァ様が戻られたらご案内いたします」


壁に掛けられた花をモチーフにした時計は、すでに11時を指していた。

この時計は先日シルヴァが買って来たもの。

”時計屋で見つけたんだ。可愛いだろう?”

使用人に壁に掛けさせて、自慢げに目を細めていたっけ。


「バトラーさん、さっきからとても忙しそうだわ。わたしなら大丈夫ですから、どうぞゆっくり用事を済ませて来てください」

バトラーの様子が、昔テレビで見たバラエティ番組のコントに似ている。

それが可笑しくて、堪らずに声を立てて笑っていると、またメイドが呼びに来た。


「またか、お前たちで対処できないのか?」

「バトラー様、それがですね・・・」

メイドが困ったように瞳を彷徨わせたあと、耳打ちをした。

「何!?本当か、それは」

信じられないといった声色、バトラーの表情に緊張が走った。


「バトラーさん、わたしなら平気ですから。この部屋に、危険なことなんて何もないわ」

花でいっぱいの部屋の中。こんなところに危険なんてあるはずもない。


「どうぞ、気にせずに行ってください」
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