シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】
「いや、最近年のせいか、目が悪くなりまして、自然と目付きが悪くなることが御座います。今日は眼鏡を忘れてしまいました。この椅子もほれ、目が悪いせいで粗相を。申し訳御座いません」

何か言いかけたシルヴァの声を遮り、一気に話すと丁寧に頭を下げた。

「ふん、まぁいいだろう」

―――この男のことは、また後でバトラーに調べさせればいい。

其よりも今は、彼女だ。初めて笑顔を見せてくれた。

ドレス選びを楽しみにしているのは、とても愛らしい。

堪らずに首筋に印をつけたが、早まったな。

まあ、時期に私のものになるからいいだろう・・・。

ソファから立ち上がると、か細い腕を引いて身体を起こした。


「食事をしよう。ドレス選びはその後だ」

目を細めて微笑み、白く美しい手の甲に唇を押し付けた。チュッと鳴らされるリップ音。

「愛しい人。またあんな笑顔を見せてくれ」

エミリーはアメジストの瞳を伏せ、促されるまま無言で立ち上がった。



―――さっき、あんなことがなければ、あのまま・・・

こんなに周りに人がいるのに。もう時間の問題ね・・・

わたしには選択肢がない。

このままシルヴァの愛を受け入れるしかない。


でも、わたしは・・・わたしの想いは―――

遥か遠く、想うことも許されない程に高貴な方の元にある。

きっと、わたしのことはもう忘れてるわね。

わたしのような者なんて、いつまでも気にかけて下さる筈もないわ。

そんな考えは、とてもおこがましい・・・。

でも塔で暮らしていた間、妹のように接してくれた優しい瞳と手だけは、心からのものであったと信じたい。

例えそれがただの気まぐれであったとしても。

わたしにとってはたったひとつの真実。

わたしがあの方の傍近くにいたという、紛れもない真実。

絶対に忘れないし、忘れたくない。

この先、どんな目にあっても、この思い出さえあれば・・・。


それにあの方には、高貴で素敵な婚約者がいらっしゃるはず。

わたしのような者があの方を想うなんて、そんなことは恐れ多い。

決してしてはならないこと。

ずっと、ずっと、このことは考えないようにしてた。

想ってはいけないと、蓋をしてた。

でも、わたしは・・・わたしは・・・。


決して叶うことのない想い。この身はいずれシルヴァのものに―――


アメジストの瞳が涙で曇る。


「すみません。御手洗いに・・・」


扉を閉め、堪らずに声を殺して泣き崩れた。


―――今だけ・・・今だけ泣かせて。

もう二度と想いに負けないようにするから。

あの方を想うのは、これを最後にするから。


今だけ―――
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