悲恋マーメイド
 妹姫と仲睦まじかった目の前の魔法使いは、

優しく笑う
男だった。


とても不器用で口下手だったけれど、
いつも愛する者のことを先回りして考えている

温かい男だった。


なのに今は、
その面影もない。


「それで俺の心でも従わせるつもりか」


皮肉に歪める唇に、
女はぽろりと涙をこぼす。


「そうまでして俺が欲しかったのか」


ぽろぽろ泣きながら、女はそれでも微笑み続けた。


男の歪みが
痛かった。

悲しく
苦しく
辛かった。


男をそんな風に変えた妹の罪深さを

思った。


「凄まじい妄執だな」


どうして妹はこの男を愛さなかったのだろう。

こんなにも愛してくれる男に、どうして妹は愛を返さなかったのだろう。

そしてどうして男は妹を攫わなかったのだろう。

こんなにも妹を愛していたならどうして攫い自分のものにしなかったのだろう。

今更どうしようもないことに

女は涙を流す。


「いいだろう。来い」



…こんなに歪んで。

…こんなに狂って。

そんなにまでなるくらいならどうして、
あの子を奪わなかったのだろう。


この男は。


「抱いてやるよ」


女は男の非情な誘いを無視し、薬瓶の蓋を開けた。
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