魔王と王女の物語②-Chain of destiny-【完】
“お帰り”


そう言われた気がして巨大な水晶を見上げると、霧のようなものが徐々にまとまり、人の形になり、先程見た水晶の精のような半透明の女性の形になった。


『私の子よ…』


「なーにが“私の子よ”だ。今まで現れもしなかったくせによ」


ラスを膝に乗せると思いきりべたべた触りまくりながら鼻を鳴らしたコハクの前に立った水晶の森の女王は、口元に柔らかい笑みを浮かべた。


『お前は私を含めここに在る水晶全てから命を救われた。幼子のお前を見殺しにするには忍びなかった。私の子よ、よく帰って来てくれました』


「あのっ、私…」


黙り込んでいると突然ラスが口を開き、膝から降りて立ち上がるとぺこっと頭を下げた。


「私…あの…コーの…」


『わかっていますよ。あなたが私の子に優しくしてくれたから、優しい子になってくれた。ありがとう優しいお嬢さん』


「…“優しい子”だと?ばーか。チビ、行くぞ。これで用は済んだろ」


立ち上がろうとすると、コハクの母を名乗る水晶の森の女王はコハクの頬に触れ、その瞬間心がふっと軽くなり、瞳を閉じるとラスが隣に戻って来てぎゅっと手を握ってきた。


『お前は私たちの使い方を知っている。お前自身が水晶のようなものなのだから、困ったことがあったらいつでも相談に来なさい』


「…それよかなんでいきなり姿を現わした?何百年も見たことねえのになんで…」


水晶の森の女王は、まさしく母親のような眼差しでコハクを見つめると、胸に手をあて、長い息を吐いた。


『私はお前を捨てにここまでやって来た両親のことを知っている。別れの言葉も…。それをいつかお前に伝えなければと思っていたけれど…でも私は…』


――それっきり沈黙してしまった水晶の森の女王は、とてもとても…コハクのことを愛しているように見えた。


そう見えてしまったラスはコハクの腕を揺すり、促す。


母が一体誰であるのかを――


「…本当の両親の話なんざもう生きてねえしどうでもいい。俺の両親は…この森全部だ」


『…ありがとう、コハク…』


愛しみに溢れた声はくすぐったくて、コハクは俯くと密かに笑みを零した。
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