魔王と王女の物語②-Chain of destiny-【完】
日記を胸に抱いたティアラがバルコニーに出たので、少し時間を置いて後を追ったリロイは、小さなアンティークの鍵を手に顔を上げたティアラに笑いかけた。


「日記…ですか?」


「ええ…。2年前魔王城を目指す旅に出た時からずっとつけていた日記です。…あなたは見ないで下さい、絶対駄目ですから!」


「どうしてですか?僕のことが書いてあるとか?」


「…書いてあります。沢山」


否定されると思っていたのにあっさり肯定されてしまい、金の瞳を瞬かせたリロイはティアラに噴き出されて我に返ると、隣に腰かけた。

…このグリーンリバーは年中春風が吹いている。

それもこれも城の敷地内に立っている細長い塔のてっ辺の頭頂部で輝いているグリーンストーンのおかげだ。


コハクはこの聖石を奪ったが悪用はせず、半壊した王国を平らにして街を作り直した。


聖石がもたらしている春風はほんの一握りの力でしかなく、この街の大半はコハクが作ったものだ。


「…ここに居ると穏やかな気分になれますね。僕は少し席を外しますからあなたはゆっくり日記を読んでください」


「え、どこに行くんですか…?」


「部屋の中に居ますから安心して下さい。あなたの目の届く場所に居ますから」


ほっとしたティアラがふわっと微笑むと、リロイはティアラが視界に入るソファに座って立てかけていた剣を膝に置いてメンテナンスをしながらもティアラから目を離さなかった。


少しの間ぽかぽか陽気の空を見上げて日向ぼっこをしていたが、意を決したのか鍵を開けて日記を開いたティアラの目元が緩んだのがはっきりと見えた。


「…懐かしい…」


呟いた声も耳に届き、自分のことも書かれてあると聴いて内容を聴いてみたかったが、過去を振り返る時間は大切だ。


「…僕には振り返りたくない過去ばかりだけど」


まさに“魔が差した”あの瞬間――

心の内にするりと入ってきたあの声…今も耳にこびりつき、あれからあの魔法剣には触れていない。


いかに自分の性根が腐っていたかを痛感し、ゴールドストーン王国に戻るまでの間、ティアラの魔法で眠らせていたラスに何度謝ったか…

時々魔法が切れては目覚め、瞳を真っ赤にして泣き叫ぶラスに声をかけることができず、眠れない日々が続いたこと…


「ラス…僕はもう繰り返さないよ。僕は僕自身の意志で…」


聖女のような微笑みを浮かべたティアラに見惚れたリロイは、またソファに剣を立てかけてその横顔に見入った。
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