約束の大空 1 【第1幕、2幕完結】 ※ 約束の大空・2に続く



今度は一気に店主に会釈だけして、
山南さんの後ろを追いかけていく。


狭い階段を昇った二階には、4つくらいの障子が並んでいて
障子越しに蝋燭の灯りがちらついて見える。



「明里(あけさと)入りますよ」



山南さんが静かに告げた名前に、
私は息を飲み込んだ。



明里と呼ばれたその人が多分……我が家に続く、
朱里(あかり)おばあ様だと思うから……。



山南さんによって、
ゆっくりと開けられた障子の奥には赤い着物を身につけて、
ゆっくりとお辞儀を続ける一人の女性。


ペタンコの布団。



「明里、今日は連れが一人いる。

 君に会わせたいと話したことのある、
 山波君だ。

 山波君、明里だ」



そう言って山南さんは私を明里さんに紹介すると
明里さんの傍へとまわって、彼女を布団へと誘導した。


「山波君、すまないが布団をかけてやってくれ」


そう切り出した山南さんに促されるままに、
彼女の元へ、重たい綿布団を引きあげる。


「先生……」


明里さんは、山南さんの事を先生と呼びながら、
床に伏せたまま、会話を続ける。


「山波君、すまない。
 ここ島原でも、今は労咳(ろうがい)が流行っていてね。
 
 誰だろうね。
 
 労咳が一種の気の病だと言い放ったのは。
 パッと憂さを晴らした挙句に、島原で抱いて、広がって……」


「身を売るしか術のない私を先生は何も求めずに、
 ただこうやって姿を見せてくれる」

「そうだ……明里。
 高麗人参を手に入れて来たんだよ。

 これを飲んで、休みなさい。
 明里の身請けの事は私に任せるといい」


ただ唖然と見つめるしかない私の前で、
次々と会話されていく山波家の行く末になる出来事。


「山波さん、言うんやね。
 名前は?」

「花桜です。花の桜と書いて花桜」


そう言った私の隣、山南さんは筆をとって
私の名前の漢字をサラサラと書いて、明里さんに見せる。


「花桜ちゃん言うんやね。

 女の身で、新選組のお人と一緒に行動するのは辛いやろ。
 よー頑張ったね」


明里さんは、そうやって言いながら
床に伏したまま腕を伸ばして、私の頭を抱き寄せた。


「花桜ちゃん、ウチはな……
 花桜ちゃんが信じる道を精一杯歩きとおしたらええとおもう。

 先生が信じる道。
 花桜ちゃんが信じる道。
 ウチが歩き続ける道。

 人の道は修羅ばかりや。
 けどな、それでもウチは先生に会えた。

 花桜ちゃんにも会えた。
 修羅の道にも光はあるんえ」



やんわりとした口調で、力強く話す明里さんの言葉は、
何処か……祖母の言葉にも似て……。



そんな優しい温もりに満たされながら、
ゆっくりと眠りに誘われた時間。


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