愛を教えて

(5)フラッシュバック

『あたし……彼の子供を妊娠したかも』

そのひと言は万里子の小さな夢を打ち砕いた。

悔しかった。
でも、たとえ本当の妻にしてもらっても、万里子に卓巳の子供は産めない。妊娠が事実なら、卓巳はあのメイドと結婚すべきだと思う。


今日一日でたくさんのことを知った。
万里子が想像していたより、皐月は優しくて温かいおばあ様だった。本当に卓巳の幸福を願って、結婚を望んでいるのだろう。

そして万里子には、その幸福を与えることはできない。


――願わくは、卓巳の隣で花嫁衣裳を着てみたかった。


万里子は未練を断ち切るように、顔を洗い化粧を直した。

いい加減食堂に戻らなければ。
小走りにレストルームから出たとき、正面の壁にもたれるようにして、ひとりの男性が立っていた。



(――怖い)


その男性を見た瞬間、最初に浮かんだ言葉だ。

獣のような目が、万里子を傷つけ、未来を根こそぎ奪い取った二匹の狂犬を思い出させる。


「はじめまして、お嬢さん。卓巳さんのいとこで太一郎と言います。どうぞよろしく」


太一郎は屈託のない笑顔で、万里子に手を差し出した。


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