愛を教えて

(9)愛に満ちた嘘

千代子は勤続三十年を超えるベテランのメイドだ。
執事の浮島と同じく、この家のことは知り尽くしている。

尚子と和子が藤原家に引き取られてすぐのころ、高徳に隠れてどんな行いをしてきたか、最もよく知る人物のひとりだった。


千代子は十代のころ、交通事故で両親を亡くしていた。
それはあまりに突然の出来事で、彼女はランドセルを背負う三人の弟妹を養うため、高校を辞めた。

藤原家で働き始めたものの生活は苦しく、借金を重ねた彼女を救ってくれたのが皐月だった。

千代子にとって主人は高徳ではなく、皐月のこと。皐月を女主人として崇拝し、四十代後半まで結婚もせずに仕えてきたのである。


今から六年前、皐月にとってたったひとりの血の繋がった孫、卓巳がこの家にやって来た。

最初のころ、千代子は卓巳のことを警戒していた。
なぜなら、高徳をはじめ藤原家の男たちは、例外なく下半身にだらしなかったからだ。それは、千代子自身も経験していた。

しかし、卓巳は違った。

使用人にも敬意を払い、乱れたところは一度も見せない。
しだいに、千代子は卓巳を主人として認めるようになる。

敬愛する皐月によく似た風貌も、千代子の母性を惹きつけた理由かもしれない。


そんな千代子のこと。これまでも、ことあるごとに、尚子たちとは衝突している。


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