愛を教えて
「あの、でも、卓巳さん……」


万里子は驚きの声を上げる。
婚姻中は実家に泊まることも禁止――契約書にはそう書いてあった。


「海外出張のときは一週間以上帰れないこともある。そんなときは実家に戻れるよう、手配しておくから」


卓巳は別に酔ってなどいない。


――契約書などどうでもいい。


今の彼はそんな心境だった。



一方、隆太郎は少しだけ後悔していた。

娘のたっての希望とはいえ、住む世界の違う卓巳に嫁がせてしまった。
彼の評判にはいつも『冷』の字が付き纏っている。


東西銀行の頭取をはじめ、周囲からは、『これで千早物産は安泰だ。美しいお嬢さんを持たれていて羨ましい』などと言われる始末。

隆太郎が必死で働いてきたのは、すべて万里子のためだ。
会社存続のために万里子を利用したのでは、それこそ本末転倒だろう。


――冷酷と噂される男との結婚を、認めていいのだろうか?


悩む父親の心配をよそに、挨拶から一週間も経たず、ふたりは入籍してしまった。


噂と違い、卓巳は温かな人柄に思える。隆太郎に向けるまなざしにも、冷たさは感じられない。

切ない思いで、ひたすら、娘の幸福を願う父だった。


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