愛を教えて
『私は幸せな家庭も、愛し合う夫婦も知らない。こんな私のそばにいて、彼女は幸せになれるのだろうか?』


どうやら、卓巳の不安は早くも的中してしまったようだ。


人は生まれてすぐ、母から無償で無限の愛を与えられるという。
泣くことで相手に伝え、欲求を満たしてもらえることを知る。

だが、卓巳の両親は育児放棄の一歩手前であった。
卓巳が二歳を過ぎたころ、彼ひとりをアパートに残し、それぞれ一週間も帰らなかった。
それぞれに、相手が戻っていると思った、そんな言い訳をして……。
隣人が卓巳の気配に気づかなければ、彼は餓死していたかもしれない。


日本経済界の寵児と称され、できないことなどないように思われる卓巳だが、愛することも愛されることも知らぬまま、人を愛してしまった。

そして、卓巳が愛した女性は、彼のつたなさを許せるほどの大人ではなく。寄り添っては突き放される不器用な愛情に、疲れ果てていた。

もうこれ以上、愛することを止めてしまうほどに。


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