愛を教えて
万里子とデートを重ねるようになってから、日を追って卓巳に注がれるまなざしは温かくなっていった。

それが、ものの見事に消え失せている。

万里子は決して卓巳を見ようとせず、掴んだ腕も小刻みに震えていた。


間違いようもないくらい、卓巳に対する“拒絶”だ。


手段はあるのかもしれない。
だが、恋にも、女性の扱いにも不慣れな卓巳に、為す術はない。


「わかった。……二度と触れない」


かろうじて口にできたのはそれだけ。
ふたりは互いに、目を逸らせてしまったのである。



卓巳の部屋は夫婦の部屋となったが、ふたりで過ごすことはほとんどなかった。

卓巳はリビングで仕事をし、万里子は寝室で勉強をしたり、本を読んだりして、それぞれの時間を過ごしている。


ふとした瞬間に、卓巳は思い出していた。

ただ一度、彼女の了解を得て、口づけた夢のような一瞬を。
万里子の柔らかな唇、卓巳の腕を掴んだ震える指先、キスしたあとのはにかんだ笑顔まで。
何度も、何度も、彼の頭の中で繰り返された。

あのとき、ふたりは確かに愛し合っていた。
愛を誓い合って結ばれたカップルそのものだった。


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