愛を教えて
『……離して。私に触らないで、離してっ!』


案ずるあまり、彼女の肩に触れた卓巳の手を、万里子は必死の形相で振りほどいた。

ほんの一瞬、万里子は彼を見たが、すぐに目を伏せる。
それは、愛に満ちたまなざしとは程遠かった。


『なら、思わせぶりに泣かないでくれ。僕は君を攫って来た訳じゃない。結局は、進んで妻になったんじゃないか! 何を今更』

『ごめんなさい。……もう、泣きません』



卓巳は、自己嫌悪の嵐だった。

言いたい言葉が言えない。
いっそ何もかも告白してすっきりしようか、と考えたこともある。


――だがもし、役立たずだと万里子に侮蔑の視線を向けられたら?


それこそ、立ち直れないだろう。


必死で彼女の機嫌を伺う心と、それを堕落だと叱責する心。

おそらくは、抱き合うことができたなら、乗り越えられたであろう壁が、ふたりの間により大きな壁となって立ちはだかっていた。


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