愛を教えて
実に堂に入った芝居である。俳優になればオスカー間違いなしだろう。万里子はボンヤリした頭でそんなことを考えていた。

その一方で、万里子は心の隅で父が強固に反対してくれることを祈る。

だが、


「そういうことなら。万里子、どうするかお前が決めなさい」


どうやら父は、卓巳の舌先三寸の言い訳を信じてしまったようだ。


(ここで断ればこの人の鼻は明かせる。でも、すぐに反撃してくるでしょうね。彼は、私の息の根を止める十字架を持っている……)


万里子は誰にも気づかれぬよう、奥歯を噛み締めた。


「……はい。お待ちしております」


どうにか声を出すと、懸命に笑った。

そんな万里子と違って卓巳は、


「それは良かった。どうもありがとう」


弱みを握り脅した相手に、一点の曇りもない笑顔を向けたのであった。


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