愛を教えて

(7)契約書

帰りの車内、隆太郎は車を運転しながら、不機嫌な声で助手席の万里子に話しかける。


「いったい藤原社長は何を考えてるんだ? 万里子、お前はあの人と何を話したんだ? 万里子? おい、万里子!」

「は、はい。何かおっしゃいました?」

「どうしたんだ、万里子。今日はおかしいぞ。いつものお前ならすぐに断っただろう。なぜお受けしたんだ?」


卓巳と違って、あんなにスルスル作り話は出てこない。万里子は余計なことは言わないよう、父の問いに何も答えなかった。


「女性関係で藤原社長の悪い噂は聞かないが……うちのような中堅企業とは格が違う。いったい、何を思ってお前を誘われたのか」


これ以上関わらないほうがいい。運転手が迎えにきたら、急病を理由に断るように。父は万里子の身を案じ、そんなふうに諭す。


万里子とて、断れるものなら断りたい。

だが、不可能だろう。それほどの会社の社長が本気で牙を剥いたのだ。万里子に逃げ場はなかった。


「でも、一旦お受けしてから断るのは失礼ですから」

「万里子、藤原社長は確かに魅力的だ。だが彼には、桁違いの資産家令嬢との縁談が、山のようにあるはずだ。私たちとは住む世界が違うんだよ。何かあってからでは遅いんだ。父さんの言ってることはわかるだろう?」


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