愛を教えて
ありったけの石鹸で体を洗おう。そう思うのに、指先が動かない。

卓巳の声が耳元で聞こえる。


『愛してる』『一生君だけだ』『死ぬほど好きだ』


すべて幻想だったのに。

それなのに、万里子は卓巳の唇が残した跡を洗い流すことができずにいた。


どれくらい、流れ落ちるお湯に打たれていたのだろう。

万里子はシャワーのコックを捻りお湯を止めた。

その瞬間、浴室は静まり返る。やがて白い煙のような湯気も消え、シンとした気配に万里子の体は震えた。


――カタン。


寝室のほうから音が聞こえた気がする。


(卓巳さんが帰ってきたの?)


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