愛を教えて
「万里子さん、あなたが優しいのはわかります。でも、あなたは卓巳さんの妻なのよ。そんなに太一郎さんのことを庇うのは、いかがなものかしら?」


それは少し険の含んだ皐月の言葉だ。
皐月がそんなふうに言えば、誰もが気遣い迎合する。それは半世紀以上もの間、この家で闘い抜いた皐月の知恵であり、武器であった。



「おばあ様は、卓巳さんが孤独だとおっしゃいました。けれど、この家でおばあ様と他の皆さんを繋ぐことができるのは、卓巳さんだけです」


確かに、卓巳だけが皐月と尚子たちを繋ぐことができる。


「おばあ様は、愛し方を間違ったと言われました。亡くなった方とやり直すことはできないでしょう。でも、おばあ様は生きておられます! どうか、皆さんと話し合ってみてください。そして卓巳さんがいつか……本当に愛する奥様を迎えられて、幸せな家庭を築けますように。私は卓巳さんを愛しています。愛してもらえなくても、ずっとずっと愛し続けます」


気づかぬうちに皐月の心を覆い隠していたはがねの鎧――しかし、万里子の言葉はその鎧をも貫いた。
凛とした声が皐月の胸を打つ。


「お約束が守れず、申し訳ありません。でも、私の気持ちに嘘はありませんでした。それだけは信じてください」



そして万里子が最後に皐月に頼んだことは、事件のことを実家の父に知られぬように、と皐月の力添えを願った言葉だった。


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