愛を教えて
だが、皐月の頼みである。

ここで逃げたら次のチャンスはないはずだ。

太一郎は肩で大きく息をして、下腹にグッと力を込める。そして、卓巳に向かって怒鳴り返した。


「やってみろよ! 今のてめえなんざ怖くねぇよ!」


そのひと言で藤原邸にゴングが鳴った。

喧嘩のテクニックもくぐった修羅場も卓巳が数枚うわ手のはずだ。

だが、この日の卓巳は冷静さを欠き、捨て身の太一郎は互角にやりあっていた。

卓巳は太一郎ほど大柄ではないが、それでも大の男がふたり、真剣に殴り合っている。

誰も止めることができず、ふたりは寝室からリビングへ、更には扉をぶち破る勢いで廊下に飛び出した。

そして、そのまま書斎前の二階センターフロアまで床を転がるように移動する。


「太一郎様っ! もういいですから……。ちょっと誰か止めて! 男の人を呼んできてっ!」


雪音の叫び声に合わせて登場したのは、やはり水を満載したバケツだった。


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