愛を教えて
『そんなに警戒しなくても、君の妻を頭から食べたりはしないよ』


卓巳は理由をつけて、万里子をライカーの前から追い払った。それに気づいたのだろう、彼は銀髪を揺らしながら苦笑している。

だが、卓巳は彼を信用していない。獲物を見つければ手段は選ばない男だと、よくない噂は山のように聞いていた。


『マリコはとても英語が上手だね。しかもクイーンズ・イングリッシュを綺麗に話す。日本人には珍しいタイプだ』

『妻には留学経験もないはずです。サーに褒めていただけるとは光栄ですね。本人にも伝えておきましょう』

『私の父はアメリカ人だ。私自身、十代まで向こうで暮らしたこともあって、アメリカ訛りが抜けない。こういった席では、下品だと眉を顰められる。だが、マリコは私の英語を笑わなかった。素敵な女性だ』

『気がつかなかっただけでしょう』


平静を装いながら、卓巳は奥歯を噛み締めた。


(こんな男にまで優しくしなくてもいいものを)


だが、万里子にすれば違う。

ライカーは卓巳の大事な取引相手。不快な思いをさせてはいけない。立派に役目を果たさなければ、と卓巳のために必死だった。


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