愛を教えて
直立とは言い難い。だが、幾分硬度を増した抜き身の刀は、鞘の中に収まろうとしている。


わずかだが、すでに万里子の領域に踏み込みつつあり、卓巳は千載一遇のチャンスを掴もうと我を忘れた。

初めてではない、とはいえ“ただ一度、愚か者の犠牲になっただけ”に過ぎない彼女の身体は、ふいの侵入者を拒んだ。


愛する卓巳の願いを叶えて上げたいと思っても、無意識で身体が強張る。

卓巳も、ようやく訪れた奇跡のようなチャンスを逃がしたくない一心で、万里子を労わることを忘れていた。

惜しげもなく愛を注ぎ込んでこそ、万里子は応えてくれる。卓巳が愛を忘れたら、途端に枯渇してしまう。


「い……いたい」


万里子の掠れるような声を聞き、卓巳はハッとした。

その顔は、恥ずかしそうに頬を赤く染めたときとは違い、苦痛に歪んでいる。


その二秒後――奇跡の瞬間は卓巳に十五年ぶりの解放感を教え、タイムアップを迎えたのだった。


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