愛を教えて

(6)不安の欠片

(僕は、なんて真似を……)


悦楽の波が引いた途端、卓巳に後悔が襲いかかった。

卓巳を許し、優しく労わってくれた万里子になんという真似をしてしまったのか。今度こそ「最低」だと罵られ、見限られても文句は言えない。

卓巳は急いで彼女から離れようとした。


「いや、行かないで。すぐに離れたりしないで。お願い、抱き締めていて。今夜だけでいいから……お願いします」


ベッドから下りようとした卓巳の腕に万里子が抱きつく。泣くようにしがみつかれ、卓巳は慌てて引き返し、万里子を胸に掻き抱いた。


「怒って……ないのか? 僕は君を」

「嬉しかった。少しでも私の中に……。私がもっと慣れていたら、ちゃんとできたのに。ごめんなさい」


その言葉に、卓巳は胸が千切れるほどの痛みを覚えた。

ほんのわずかな時間でも、卓巳とひとつになれたことを喜んでくれている。最後まで到らなかったことは万里子のせいではない。彼女が詫びる理由などどこにもなかった。


「万里子、すまない。痛かっただろう? 辛い思いをさせて、本当に申し訳ない。いやなことを思い出したんじゃないのか? すべて僕の責任だ。許してくれ」

「謝らないで! 卓巳さん、大好き。愛してます」


万里子は卓巳の首に腕を回し、抱きついた。

卓巳もそれに応える。ふたりは隙間もないくらい身体を重ね合わせ、お互いの唇を求め合った。


過去も、未来も、今このときだけはふたりの胸から消え去った。

ただお互いを思い、肌が触れて、心が絡み合う一瞬。

東の空が白み始める……夜明けが近いことをふたりは感じていた。


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