愛を教えて
卓巳はまだ怒っているのかもしれない。

彼に邸内で恥を掻かせ、しかも太一郎に真実を話した万里子を許してはいないのだ。それなのに、ロンドンで彼女を抱いてしまった。万里子の誘惑に堕ちたことを、卓巳は後悔している。そうでなければ、本当に『愛する妻』を他人に譲るなどあり得ない。

この場で拒否して帰国すればいい。

だが頭のどこかに、ひょっとしたら卓巳の愛は本物で苦渋の決断なのかもしれない、と思ってしまう。もしそうなら、卓巳を見捨てて行く訳にはいかない。


そして万里子は、卓巳を信じると決めた心に従った。

自分にできるすべてのことをしよう。どうせ、いつ死んでも構わないと思ってきた命だ。卓巳のために使えるのなら、たとえどんなことでも……。


――二度と外さないでくれ。愛してるよ、万里子。


「私も……私も愛してるわ、卓巳さん」


万里子は結婚指輪に唇を寄せて囁く。そして自ら外し、シッティングルームの白い円形テーブルの上に置いた。
 

万里子が廊下に出たとき、背後で“グリーンパーク・スイート”の扉が音を立てて締まる。それは、卓巳と共に歩む道が閉ざされた瞬間だった。


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