愛を教えて
エレベーターまでのフロアは人垣が割れ、卓巳に道を作る。

卓巳の全身から噴き上げる怒りのオーラに、ホテルの支配人は顔を引きつらせながら近寄った。


『ミスター・フジワラ。すぐにお部屋の用意をいたします。ドクターをお呼びして、奥様のお着替えも……』

『君はその目で見なかったのか? このホテルのオーナーが、私の妻にどれほどの侮辱を与えたか。このホテルの施しは水一滴不要だ。英国貴族は紳士の看板を今すぐ下ろすことだな』


卓巳の当然の怒りに、支配人たちは言葉もない。

ライカーの言動は常軌を逸していた。強引に夫から奪い取った女性を、公衆の面前で全裸にするなど、正気の沙汰ではない。仮に、相手が娼婦であっても、やってはいけないことだ。

支配人はゴクリと唾を飲み込み、口を開く。


『サーは……ご存じでした。奥様のお名前は口にされませんでしたが、今からひとりの日本人女性が訪ねてくる。“ミスター・サエキ”の案内で、と』


ライカーは万里子の名前を告げない周到さはあったが、確認のため、ジェームズ・サエキの名前を口走っていた。それは、ジェームズの企みを知っていた、或いは彼に命じた証拠だった。


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