愛を教えて
その日の午後、ライカーがテムズ河沿いのホテルを訪れた。

卓巳の前に立った彼は、サーの称号が似つかわしくないほどやつれている。グレーの瞳は暗く澱み、何かに怯えるような目つきだ。シワの見えるスーツも、彼の置かれた厳しい状況を表していた。

ライカーはオーナーズ・ルームのリビングを見回す。万里子の姿を探しているようだ。だが、卓巳のことは直視できず、彼の怒りを恐れているらしい。


『マリコの具合はどうだろうか? 少しでも気持ちを癒やせればと持って来たんだが』


手には薔薇の花束を抱えている。

それは淡いピンクの“プリンセスダイアナ”。およそ温室栽培だろう、寒いこの時期、必死に咲く花に恨みはない。だが、卓巳は受け取るなりゴミ箱に叩き込んだ。


『話はそれだけか。――ジェイク、サーのお帰りだ』

『待ってくれ。弁解をさせて欲しい。私のしたことが、許されるものでないのはわかっている。だが、せめて彼女に直接、お詫びを言わせてはもらえないか』


誰もいなくなった部屋でライカーは正気に戻る。

彼は自分がなぜバスローブを手に立ち尽くしているのか、すぐには理解できなかった。頭を廻らせ、ふいに思い出した。自分が万里子を全裸にし、公衆の面前で晒し者にしたという事実を。

万里子を手に入れたかった。眠るのが惜しいと思えるほどの夜を、万里子と過ごしたかっただけだ。卓巳の権利を奪い取れば、それは手に入ると信じていた。

だが、万里子は心も身体も、決してライカーに許すことはなく……。

彼の自尊心を打ち砕かれ、正気を失った。


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