愛を教えて
誰が残っていたのか声だけではわからなかったが、日本は夜の十時近く。こんな時間まで、秘書室に宗以外の人間が残っているとは思わなかった。


「社長! 本当に社長ですね? 今日が何日か、覚えていらっしゃいますか!?」


思いのほか早く宗は電話に出た。そして、かなり怒っているようだ。


「今日は旅行の最終日だ。今から八時間後には成田行きの飛行機に乗る……予定だったな」


卓巳は“予定”に力を入れて答える。
思ったとおり、電話の向こうからは大きなため息が聞こえた。


「ライカー社との契約について情報が錯綜しています。契約完了であったり、交渉決裂であったり……」


ライカーを追い込むため、卓巳は徹底的に情報を秘匿した。社員にも、卓巳自身が記者会見をして正式発表するまで、契約締結は東京本社にも報告不要と命じた。

加えて、ジェームズ・サエキの一件だ。

可能な限り、ロンドン・フジワラ本社に影響が出ない形で公表する必要がある。


「プロジェクトの担当責任者は不在、ロンドン本社のサエキ社長も捉まらない。おまけにリッツは、お部屋にはお繋ぎできない、の一点張り。しかもこの電話は、なぜか社長が個人的に所有されているホテルのオーナーズ・ルームからかかっている。本日連絡もなく、予定の便にご搭乗がなければ、私もそちらに向かうつもりでした。――社長、いったいロンドンで何が起こってるんでしょうか?」


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