愛を教えて
午後からの会議と記者会見の段取りを確認しておかねばならない。
卓巳はデスクの上に腰かけたまま、長い足を組み替え、今度は携帯を手に取った。

すると……ピピピピッピピピピッ……そんなコール音が目の前のソファで鳴っている。そこには、今朝ジェイクが着ていたアッシュブラウンのスーツの上着が無造作に置かれていた。

卓巳は立ち上がり、ソファに近寄って上着を持ち上げる。音の発信源を確認すると――自分の携帯電話を切った。

室内を見回すと、入り口近くのポールハンガーにジェイクのコートがかかったままだ。


(どういうことだ? 財布も携帯も持たず、コートも着ずに外へ行ったのか?)


付き添いのソフィがいないのも気にかかる。簡単に職場を放棄するような女性ではなかったはずだが。

リビングには仕切りがあり、簡易キッチンがついている。卓巳は中を覗き込むが、人が好んで隠れるようなスペースはない。第一、彼らが卓巳から身を隠す理由もないだろう。

室内で残る場所はウォッシュルームくらいだが……。

卓巳が入り口横の通路を抜け、ウォッシュルームのドアの前に立ったとき、中から人の気配がした。その瞬間、卓巳は絶句する。


(まいったな。まさか、ジェイクに限って。いや、ああいう奴だからか?)


それは、愛し合う最中の男女の声。

どうやら、ほんの数時間前とは立場が逆転したらしい。卓巳が途方にくれていると、そこに万里子がやって来た。

どうやら万里子もリビングに誰もいなくて驚いたらしい。卓巳の姿を見つけるなり、嬉しそうに駆け寄る。


「卓巳さん、あの……」


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