愛を教えて
「一応、リッツのグリーンパーク・スイートを押さえたままにしてたんだ。それを、ジェイクたちの婚約祝いにした……事後承諾になってすまない」

「いいえ。私は構いません。ふたりは喜んでいました?」

「ああ。今夜も“避妊なし”で愛し合うそうだ。僕らより先に作ったら減俸だな」


子供っぽい卓巳の口調に、万里子は笑いが止まらない。

そんな万里子の肩を抱き、卓巳は胸の中に引き寄せた。彼の声が耳元で「笑い過ぎだ」と囁く。

万里子が言い返そうとしたとき、唇が重なった。軽い挨拶程度ではなく、もっと熱烈に。それは恋人同士のキスだった。

目を閉じると、万里子の脳裏から美術館の景色は消え去る。まるで世界中に卓巳とふたりきりでいるような錯覚。舌先で味わうキスは仄かにイチゴジャムの味がした。


「甘いな……万里子の唇は」

「ジャムの味です。だから、卓巳さんも」


そのとき、ふたりを茶化すような口笛が聞こえた。

カフェから館内への通路を歩く人々が、興味深そうにふたりを見ている。口笛を吹いたのは若い男性だ。

万里子は恥ずかしくさのあまりうつむく。

だが、卓巳は「もっと見せつけようか?」と浮かれた声で言い、万里子を驚かせた。


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