愛を教えて
「帰国早々、お疲れ様でした」


雪音に熱いお湯で絞ったタオルを差し出され、万里子は顔と手を拭う。その温かさにホッとして、ようやく人心地がついた。

深夜、卓巳を病院に残したまま、万里子は帰宅した。着替えて仮眠を取り、早朝には病院に戻らねばならない。

卓巳はそのまま仕事に出るのだろうから、着替えやひげ剃りを用意する必要がある。

タオルを返しながら、万里子は雪音に礼を言った。 


「遅くまで起きててくれたの? どうもありがとう」

「いえ。大奥様が助かったと聞いてホッといたしました」

「そうね。でもお歳がお歳だから……これからも充分に注意して差し上げないと」


皐月は心筋梗塞の発作を起こしていた。

だが、ほんの三十分前に安西の診察を受け、何も問題はなかったそうだ。

年末に倒れてから、皐月には二十四時間体制で看護師が付いている。それが間の悪いことに、いつもの薬をもらうため、わずかに家を空けた隙の出来事だった。

今回は助かった――だが次は。

専門医に言葉を濁され卓巳の肩は震えていた。


「退院はちょっとわからないけれど、今度は専門のお医者様を住み込みでお願いするとおっしゃっていたわ。そのほうが少しでも安心ですものね」

「でも……万里子様はあの機械の使い方をご存じだったんですね。私もこちらのお邸に雇っていただいたとき、講習を受けたんですが……いざとなると」


そう言うと雪音は肩を竦めて見せた。


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