愛を教えて
ゆっくり立ち上がると財布から小銭を出し、百円玉を入れようとする。だが、百円玉はカチカチと音を立て投入口を叩くだけだ。指が震えて上手く入らない。

やっと滑り込み、ランプが点った。

どうやら、万里子が入れようとしていたのは百円玉ではなく、五百円玉だったらしい。

何かのボタンを押し、何かを取り出し、気がつくとベンチに座ってそれを飲んでいた。

ふいに肩を叩かれ、小銭を差し出される。


「お忘れですよ」


皐月より年配に見える老婦人だ。

どうやら、万里子のあとに自動販売機を使おうとしたらしい。


「あ……ありがとうございます」


万里子は蚊の鳴くような声で答えた。

そのとき初めて、自分の手に“水”のペットボトルがあることに気づく。


(怖い……怖い、怖い、怖い、怖い)


自分がもし、死んでしまうような病気であれば、どうすればいいのだろう。

ほんの半年前であれば、それも運命だ、と受け入れたかもしれない。だが、今は嫌だ。卓巳と離れたくない。


愛する人に愛されて、これ以上ないほど幸福になりながら、更に子供まで望むから、きっと罰が当たったのだ。


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