ケイヤク結婚
―綾乃side―
 しんと静まり返ったオフィスの廊下を私は、理沙ちゃんと歩く。

 ずんずんと進んでいく理沙ちゃんの背中を追いかけるので、私はいっぱいいっぱいだった。

「ねえ、いいの? 勝手に入っても……」

「平気、平気。だって夕食を届けないといけないんだから」

 理沙ちゃんはコンビニ袋を持ち上げると、私ににっこりと笑いかけた。

 本当にいいのだろうか? 勝手にビルに入っちゃっても。

 こういうところで働いた経験がないから、不安にかられる。

 警備員のおじさんにでも見つかって、摘まみだされてしまわないか。

 泥棒と間違われて、警察に通報されやしないか。いろんな不安が押し寄せて、私の手先をどんどんと冷たくさせていく。

「早く来ないと、置いてっちゃうよ~」

 理沙ちゃんはそう言うと、曲がり角を曲がった。

 待ってよ。ここに置いてかれたら、私……一人で出口まで行けないしっ。
< 39 / 115 >

この作品をシェア

pagetop