リアル
「麻酔が効くまで少しお時間置きますね」
医師の言葉に隆は小さく頷いた。
効き始めた麻酔のせいで変な感じがしているのだろう。
薫は麻酔をした時の感覚を思い起こした。
じわ、と頬が膨れたような感覚と、触っても何も感じないし、舌で歯を弄っても何処なのか分からない。
口の中の麻酔というのは、本当に不思議な感覚なのだ。
「しかし、優しいお姉さんですね。ついてきてくれるなんて」
医師は薫の方に顔を向けた。
周りから歯を削る独特の音が響く。
「ここは、レーザー治療とかではないんですか?」
薫は以前に職場の主婦達が話していたことを思い出して、それを口にした。
虫歯をレーザーで治療すれば、痛みもないし、歯を削る必要もないということだったはずだ。
「うちは学生の育成もしてますからね。レーザーしか出来ないと、他の歯科医院に就職した時困りますから。レーザーが治療のメインになれば話は別なんでしょうが」
医院の言葉に薫は成る程、と頷いた。
だが、この削る音というのはどうにも不快感を煽る。
それは、幼い頃の歯科治療を思い出すからだろうか。
妹の美咲は歯医者が大嫌いで、医院内に入る前から大泣きをしていた。
それを見ると、自分も怖いのに泣けなくなったのだ。
強いところを見せて、少しでも美咲に落ち着いてもらおうと思ったものだ。
「そろそろ始めますよ」
感傷に浸っていると、医師の声がした。
「あ、はい」
隆は肘掛けを掴みながら返事をした。
すると、診察台がゆっくりと倒れた。
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