リアル




「ああ、ごめんなさいっ」


薫が大きな声を出して謝るので、隆は思わず驚いてしまった。


その拍子に、感覚が薄い為軽く噛んで遊んでいた下唇を思い切り噛んだ。


麻酔のお陰で痛みは殆どないが、ごり、という奇妙な感触は鳥肌が立つ。


「本当にごめんなさい。どうしよう……」


薫は慌ててペットボトルを仕舞い、今度はハンカチを手にした。


そして美緒の白衣に出来た染みを拭いていく。


「大丈夫ですよ。お気になさらないで下さい」


美緒は一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに笑顔になった。


「でも……」


薫はすまなそうな顔で手を伸ばしている。


「私、これから仕事なのよ。お詫びをしたいのだけど……」


薫はハンカチを握りしめて言った。


「本当に大丈夫ですよ」


美緒は笑顔を保ったままだ。


「明日、仕事は何時まで?」


薫は首を少しだけ傾げて美緒に訊いた。


その仕草はとてつもなく美しく、隆は思わず見とれてしまった。



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