リアル





逃がさない為には……。


薫は小さく息を吸った。


こんなに緊張したのはいつ以来だろう。


少なくとも、何年も前の話だ。


「違うわ」


薫は携帯電話を握る手に力を入れた。


通話の操作くらいなら、見ないでも出来る。


運良く、リダイアルの一番初めは生野になっている。


「中、どうなってるか分かんないよな。死因とか、被害者はどんなだとか」


警察ではないが、警察関係者と近い、とあたりを付けているようだ。


でなければ、こんな野次馬の群れで人に声を掛けるはずがないからだろう。


「……何も知らないわ」


薫は本当のことを口にした。


「じゃあいいや」


青年は無愛想な口調で言い、その場から離れようとした。


「待ちなさいっ」


薫の声に、野次馬の数人が振り返った。


後はそんな声など気にせずに、現場の方が余程気になるといった感じだ。


「残念だけど、俺は犯人じゃないよ」


青年は静かにそう言った。


その目は何処か冷めているようで、薄気味が悪く感じるのと同時に既視感を覚えるものだ。


自分と同じ目だ。


薫は鏡に映る自分の目と、青年の目を重ね合わせた。


「何故、中を知りたいの?」


ふいに視線を逸らした青年に薫は尋ねた。


青年は唇を結び、本当に小さく表情を変えた。


洞察力に乏しい人間なら見落とす程だ。


「そんなふうにしていると、犯人と間違われるわよ」


薫は言いながら、携帯電話から手を離した。


この男は犯人ではない。


直感に近いものではあるが、それは確信めいていた。



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