リアル



「以前も此処は禁煙だと言いましたよね?」


酷く冷たい声に、生野は驚いた。


刑事という職業柄か普段から物怖じもしなければ、不意なことに驚いたりもしない。


だが、今の声はらしくなく驚いてしまった。


振り返るとそこには糸目の青年がいた。


以前美緒を見にきた時に声を掛けられた青年だということにはすぐに気付いた。


そして、彼が美緒の恋人であり、違う女性と二股を掛けていることも知っている。


「ああ、悪い……」


生野は言いながら煙草を携帯灰皿に押し込んだ。


隣で若月が注意されて当たり前だという顔をしている。


若月は普段は忠実な部下であるが、煙草のマナーにだけは小煩いのだ。


「分かってもらえればいいんですよ」


青年――英治は先ほどとは打って変わって温かい声を出した。


「煙草は、いいことありませんよ。血管を収縮させるし、顎の骨も歯茎も硬くなります。それに、歯周病の原因にもなりますから」


英治は生野の手の中の煙草の箱に視線を向けながら言った。



.
< 202 / 265 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop