胸の音‐大好きな人へ‐
彼氏彼女でもなければ、好き合ってる者同士でもないのに。
俺たちの間で、日毎に会話は増えていった。
最初は春佳が可愛がってる例の近所の子の話が中心で、ツッコミ入れたり相槌(あいづち)を打ったりしながら話を聞いてたんだけど、夏休みも残りわずかとなった8月下旬。
もうすぐ補習授業から解放されるっていうこの上ない開放感の中にいる俺と違い、春佳の横顔は陰っていた。
「私って、何やってもダメなんだよね。
恥ずかしいからずっと言えなかったんだけど、夏休み前にね、近所のラーメン屋でバイトしてたんだ。
でも、2日目にクビになっちゃった」
「2日って、早過ぎだな。
何やったんだよ」
かっこつけたがりの仮面を外せない俺は、いつものように興味なさげに返す。
本当はどうしてクビになったんだろって心配でしょうがなかったんだけどね。
「お客さんの注文まともにこなせなくて間違った商品運んじゃって……。
他にも、お釣りの金額間違えたり。
そんなんだから、クビにされて当たり前だよ」
このくらい平気だよって感じで笑ってたけど、よく見ると春佳の目は潤んでて、それに気付かないフリをするのはつらかった。