リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「風呂、入るところだったんだろ。入ってこいよ」
「え? いや、お客様から先に」

まるでこの家の主のように明子にそう告げる牧野に、明子は苦笑しつつ牧野に先を譲る。

「いいから、先に入ってこいよ。髪乾かしたりとか、風呂を出てからやることが、いろいろとあるんだろ?」
「まあ、そうですけど」

牧野にそう諭されたものの、かといって、ではお先にと言う気にもなれず、どうしてものかとぐずぐずと悩んでいると、牧野はしょうがねえなと、明子は額をまた小突いた。

「なんなら、一緒に入るか?」
「ば、ばかっ」

牧野の悪ふざけに、上擦ってひっくり返った声でそう怒鳴り返した明子に対して、牧野は「よし、だったらジャンケンだな」と、簡単に提案してきた。

「一回勝負だぞ。負けたほうが先な」

そう言って牧野のペースでジャンケンをすることになった明子は、負けた瞬間、膝から崩れる勢いで蹲った。

「よし。お前が先。ちゃんと温まってこいよ」
「いや、でも」
「往生際悪いぞ。武士の二言はなしだ。入って来い」
「だからっ、私は武士じゃないしっ」

明子はバタバタと足を踏み鳴らして抗議しながら、牧野に思い切り舌を出して見せた。

「もうっ だったら、いい加減出てこいって怒りたくなるくらい、長湯してきてやるっ」

どかどかと怒りも顕な足取りで、明子は浴室に向かった。
そんな明子の背後で、牧野が楽しそうにけらけらと笑い転げていた。
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