リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「大塚さん。また、なにかやったんですか?」

ため息混じりの明子の言葉に、牧野は鼻を鳴らす。

「逆だ。あのやろ。なにもしなかったんだよ」
「はあ?」

訳が判らないというように牧野を見た明子に、牧野は順を追って説明し始めた。

「君島課長のお袋さんな。かなり前から入院していたんだ」

初めて聞く話しに、明子は目を驚きつつ、痛ましげな表情を浮かべる。
夏を過ぎたころから、休みを取ることが増えたように感じてはいたが、あまりプライベートなことに踏み込みたくないという気持ちもあって、その理由は尋ねずにいた。
そんな事情があったことを知っていたら、なにかお手伝いできることがあったかもしれないと、明子の胸は後悔の文字で埋め尽くされた。
煩わしいことを避けようとする気持ちが、人と深く関わることに二の足を踏ませ、新人時代、可愛がってくれた君島にすら壁を作って避けていたことに、明子は今更ながらに気が付いて、自分の情けなさに落胆の息をこぼすしかなかった。

そんな明子をよそに、牧野は淡々と言葉を続けていった。

「先月あたりから、かなり危ない状態になっていてな。富山とこっちと、ちょくちょく行き来していたんだ。今回、土建屋から仕事の話がきたときに、もしかしたら、途中で抜けるようなことになるかもしれないってことで、笹原部長と相談してな、それで大塚にプロジェクトリーダーに任せることにしたんだよ」
「そうだったんですか」
「万が一、君島さん抜けることになっても大丈夫なようにってな。だから、今回は大塚に一任して任せていたのに、それがあの様だろう。笹原部長も、昨日はため息吐いてたよ」
「つまり。君島さんに代わって仕切らなきゃならなかった大塚さんが、まったく仕切れなかったと?」
「おう。そのとおりだ。なんにもできずに、ただ愚痴ってボヤいて、頭を抱えてあたふたしていただけらしい」

思わず、明子の口からも、呆れ返ったと言わんばかりの盛大なため息がこぼれた。
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