リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「いつごろ、やってたんですか? 土建会社の仕事」
「最初は八年くらい前になるな。あそこに入れた原価計算システムの開発メンバーだったんだ。そのあと三年くらい、あそこは出入りしてたんだ」

牧野のその答えに、明子はなるほどと頷いた。

明子が牧野の下についたのは、今年の春のことだ。主任に昇級したと同時に異動となった。
八年前と言えば、ちょうど明子はシステム部から営業部に配置換えされたころになる。
システム部から離れた明子に、その当時、牧野が関わった仕事など判りようもなかった。

「俺は、原則、あそこは出禁だ。自主的出入り禁止ってとこな」

その口調はいつもの軽妙なものだったので、明子はくすりと笑いながら「なんですか、それは」と、牧野に尋ねた。

「あそこにな、別れた女房の親兄弟と、浮気相手の男がいるんだ」

さらりと告げられたら言葉に明子は息を飲み、牧野の凍り付いたような表情のない横顔をちらりと見て、そういうことかと納得した。

「父親は、取締役になってるはずだ。浮気相手の男も、辞めたって話しは聞かないから、多分、営業にいるんじゃないかな」

飄々とした牧野の声のトーンに合わせて、明子も世間話でもしているかのような軽い口調で話を続けた。

「確か。お見合いでしたよね?」
「そんな改まったもんじゃないけどな」

明子の問いかけに、今度は牧野がくすりと笑いをこぼした。

「いい娘さんがいるんだが、会ってみないかって、あそこの先代社長に持ち掛けられてな。あのころは、まだ会社にもよく顔出していたんだ、先代社長。取引先からの話だ。むげに断れなくて、会うだけ会ってみるかって思ってな。先代社長の家に招かれて、そこで紹介されたんだ」

その時のこと思い出したのか。
牧野は少しだけ懐かしそうに、前を見つめるその目を細めた。

「離婚が成立したとき、申し訳ないが、今後はウチの仕事に関わらないでほしいと、別れた女房の父親に頭下げられてな。俺が顔を出すと、やっぱり気まずいらしい。まあ、俺も父親はともかく、浮気相手なんぞにばったり会っちまったら、いい気はしないしな。それに、まあ、その他にもあれこれ理由があってな。なんとなく、俺はあそこの仕事には、関わらないって方向になっていったんだよ」
「で。自主的出入り禁止」
「おう」

その通りだと明子の言葉に頷くその顔は、いつもの牧野の顔だった。
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