リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「沼田くんさ。ちゃんと、お客様からの要望、吸い上げているじゃない。どうして、これを議事録にあげないの?」

ほぼ白紙と言ってもいいような、作成者の欄に沼田の名が記されている議事録に、明子はもとより、君島課長も、牧野も、おそらくは笹島部長でさえも、頭を抱えているというのに。
そう思うと、つい、問いただすその口調が、沼田を咎めているように、きつくなった。
そんな明子に、沼田はまた目を泳がせて、何度も喉を鳴らしながら、ゆっくりと話し出した。

「最初は書きました。でも」
「でも?」
「大塚主任が、今日の打ち合わせで、こんな話出てなかっただろうって。勝手なこと書くなって言って。書き直せって」
「で。その結果が、今の議事録なの?」

こくりと頷く沼田に、思わず明子は拳を握り締めてしまう。


(大塚!)
(バカ!)
(なにを考えてんのよ!)


まさに、頭に血が上るという勢いで、怒りが沸点を目指して湧き上がっていくが、明子はそこで大きく一つ、息を吸んだ。
明子にそれを告げたのは、確かに沼田だけれども、それでも沼田に当り散らすことではないと、明子はふつふつと込み上げてきた憤りを飲み込んだ。

「君島課長は、知っているの?」
「ノートは見せました。議事録のことも伝えて。課長、判ったって。とりあえず、今は大塚主任の指示通りにしていいって。ただ。記録は取っておいてくれって言われて」
「そう。判ったわ」

沼田の言葉に頷きながら「ごめんなさい、きつい言い方をして」と、明子はそう言葉を続けた。
つい、詰問調になってしまったことを思い出し、明子はそう詫びた。
沼田は、また驚いたように目をぱちくりとさせ「いいえ」と、消え入りそうな小さく声で言うと、困ったような顔で目を伏せた。
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