リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「あいつ、誰にでも、すぐ声かけるでしょ。大塚主任なんかにも、気安く話しかけていくんですよ」
まあ、それがあいつの良いとこでもありますけど。
まるで、出来の悪い弟を庇う兄のように、沼田はそう言葉を続けた。
お昼も一緒に取っているくらいだ。あんがい、二人は仲はいいのだろうと、明子は沼田を見ながら考えた。
「木村、牧野さんの部下だし。だから、少し気をつけたほうがいいって言ったんですけど、あいつ、笑って取り合わないし。まあ、木村が入社したころには、もう、大塚主任もそれほど牧野さんに絡むようなことしなくなっていたから、僕の言うことがピンとこなかったんでしょうけど」
「そうね。私も昔を知っているから、戻ってきてからの大塚さんには、丸くなったなあって感じたもの。さすがに、昔みたいな嫌がらせはしなくなったんだなあって。昔を知らない人にはピンとこないかもね」
「それで、ちゃっかり利用されて、片棒担がされちゃってて」
淡々と続く沼田の言葉を、明子は聞き続けた。
「すぐに注意はしましたけど。大塚主任が言うならまだしも、関係ないお前があれこれと、そんな勝手なことを言いふらすなって。大塚主任と仲が悪い牧野さんの部下が、大塚主任の抱えている客の悪口を広めているなんて言われたら、牧野さんの顔に泥を塗ることになるんだぞって。それでも、あいつ、自分のしていることが、まったく判ってないみたいで」
そこまで一気に言うと、沼田ははあーっと、ひとつ、ホントに困った奴だなあというように、息を吐いた。
明子もガクリとうなだれたまま、はあーっと、息を吐き出した。
そんな木村に、困った子だわと言うしかなかった。
けれど、沼田の次の言葉で、明子のその表情が強張った。
「だから、部長に知られたら飛ばされるからなって。そういう客の悪口とか、部長が一番嫌うことなんだからって。さすがに、木村もマズいと思ったみたいで反省してましたけど」
どくんと、明子の心臓が跳ね上がった。
「すいませんっ、ホントにすいませんでしたっ、私の監督不行き届きです。申し訳ありませんっ」
明子は手にしていたおにぎりを放り出して、沼田に向き合い、その頭を下げた。
膝に頭をこすりつけて、詫びた。
血の引く思いって、まさにことことだわと、明子はまるで額に浮かんでいる汗を拭うような素振りをしながら、ただ沼田に感謝するのみだった。
木村があれこれ土建屋の話をしていたとき、お喋りが過ぎるわよと睨みながら叱ったが、そんな軽い注意ですませていい話ではないと、どうして気付かなかったのか。
明子は自分の不甲斐なさに腹が立った。
(バカっ)
(沼田くんですら、思い至れたことなのに)
(どうして、あのときすぐに考えられなかったのよっ)
(バカっ)
(役立たずっ)
豪快な親分と慕われている笹原が、木村に対して目をつり上げて激昂している姿が瞼に浮かび、明子は身も細る思いで背筋に冷や汗を浮かべた。
まあ、それがあいつの良いとこでもありますけど。
まるで、出来の悪い弟を庇う兄のように、沼田はそう言葉を続けた。
お昼も一緒に取っているくらいだ。あんがい、二人は仲はいいのだろうと、明子は沼田を見ながら考えた。
「木村、牧野さんの部下だし。だから、少し気をつけたほうがいいって言ったんですけど、あいつ、笑って取り合わないし。まあ、木村が入社したころには、もう、大塚主任もそれほど牧野さんに絡むようなことしなくなっていたから、僕の言うことがピンとこなかったんでしょうけど」
「そうね。私も昔を知っているから、戻ってきてからの大塚さんには、丸くなったなあって感じたもの。さすがに、昔みたいな嫌がらせはしなくなったんだなあって。昔を知らない人にはピンとこないかもね」
「それで、ちゃっかり利用されて、片棒担がされちゃってて」
淡々と続く沼田の言葉を、明子は聞き続けた。
「すぐに注意はしましたけど。大塚主任が言うならまだしも、関係ないお前があれこれと、そんな勝手なことを言いふらすなって。大塚主任と仲が悪い牧野さんの部下が、大塚主任の抱えている客の悪口を広めているなんて言われたら、牧野さんの顔に泥を塗ることになるんだぞって。それでも、あいつ、自分のしていることが、まったく判ってないみたいで」
そこまで一気に言うと、沼田ははあーっと、ひとつ、ホントに困った奴だなあというように、息を吐いた。
明子もガクリとうなだれたまま、はあーっと、息を吐き出した。
そんな木村に、困った子だわと言うしかなかった。
けれど、沼田の次の言葉で、明子のその表情が強張った。
「だから、部長に知られたら飛ばされるからなって。そういう客の悪口とか、部長が一番嫌うことなんだからって。さすがに、木村もマズいと思ったみたいで反省してましたけど」
どくんと、明子の心臓が跳ね上がった。
「すいませんっ、ホントにすいませんでしたっ、私の監督不行き届きです。申し訳ありませんっ」
明子は手にしていたおにぎりを放り出して、沼田に向き合い、その頭を下げた。
膝に頭をこすりつけて、詫びた。
血の引く思いって、まさにことことだわと、明子はまるで額に浮かんでいる汗を拭うような素振りをしながら、ただ沼田に感謝するのみだった。
木村があれこれ土建屋の話をしていたとき、お喋りが過ぎるわよと睨みながら叱ったが、そんな軽い注意ですませていい話ではないと、どうして気付かなかったのか。
明子は自分の不甲斐なさに腹が立った。
(バカっ)
(沼田くんですら、思い至れたことなのに)
(どうして、あのときすぐに考えられなかったのよっ)
(バカっ)
(役立たずっ)
豪快な親分と慕われている笹原が、木村に対して目をつり上げて激昂している姿が瞼に浮かび、明子は身も細る思いで背筋に冷や汗を浮かべた。