リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「なにか、そうなった原因とか、あるの?」

明子のそんな問いかけに、沼田は少しだけ迷いを見せて、それから、怖ず怖ずと話し出した。

「僕、十四歳くらいまで、中国で暮らしてたんです。両親とは日本語で話してましたけど、外での日常会話はほとんど中国語で。日本に戻ってきて、転入した学校で自己紹介するとき、日本語で上手く言えなくて、中国語が出てきちゃって、それで……、みんなに笑われちゃって。それからダメなんです。大勢の人の前に立って話そうとすると、笑われたそのときことを思い出しちゃって。それが、大人になるほど、ひどくなっていって。いつまでも、そんなこと引きずってる、ダメ男なんです」

俯いたまま、ちらりと明子に向けた顔は、くしゃりと歪んでいた。
情けない自分が嫌で嫌で、腹を立てている。
そんな顔だった。
明子の胸は、締め付けられるような痛みを覚えた。
それは、見覚えのある顔だった。
どこにも進めず、ただ唇を噛み締めている、鏡の中の自分の顔だった。

「自分でも自分が情けなくて、いやなんですけど。だから、会議なんかで意見を言うときは、何日も前から話す準備とかするんですけど。それでも、なかなか、上手くいかなくて」
「でも、自分でも、昔に比べればよくなったって判るくらい、喋れるようになってきてるんでしょ。すごいじゃない」

手放しでそう誉める明子に、沼田は顔を上げ、明子を見た。
何度も、何度も、瞬きを繰り返しながら、明子を見つめた。
そして、また手元を眺めるように項垂れた。
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