リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
-行くとこなくて、同期の牧野課長が、仕方なく引き受けたんでしょ?
-牧野課長も、いい災難よねえ
-可哀想よ。牧野さんが。あんなお荷物さん、押しつけられて。


侮蔑と哀れみが混ざった笑い声で続いたその言葉に、明子は唇を噛み締めてながら、その場を静かに立ち去った。
反論することさえ出来なかった。

それから、しばらくの間、家に帰るとひたすら、食べているような状態になった。

食べて。
食べて。
食べて。
食べて。
吐いて。
食べて。
寝る。

そんな生活を送るようになった。

落ち込んでも仕方がない。
やっと、そんなふうに今回の異動を割り切って、例え同情されて拾われたのだとしても、それでもいいと思えるようになったのは、夏になったころだった。

いつか、拾っといてよかったなと、ほんの欠片ほどでもいいからそう思ってもらえれば、それいい。

そう思って、とにかく与えられた役目を果たそうとやってはきたが、それでも、あの時、胸一杯に広がった、泣きたいほどの惨めさを明子は忘れることなかった。

ひとつ、大きく息を吸って。
明子は沼田にまた笑いかけた。

「とりあえず、ここを仕切って帰ろうか。ダメコンビで。これを使って」

気を取り直したように、ふふっと楽しそうに笑い、明子はまた、とんとんと、沼田のノートを指で叩く。
沼田はそんな明子を数秒見つめ、大きく、ひとつ、頷いた。

そうと決まればと、明子は午後に向かっての臨戦態勢を整え始めた。
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