リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「沼田の神経症、聞いたのか?」
「一応、本人から」
「あいつ、自分から話すって言ったのか?」

それまでの尖った口調を変えて、柔らかな雰囲気が感じられる声色で、牧野は話題を沼田に変えた。

「はい。ボロボロでみっともないだろうけど、でも、やりますって。君島さんのために、がんばりたかったんじゃないですか?」
「そっか」
「子どものころからだそうですね。もったいないなあ。あれだけ仕事できるのに」

明子のそんな感想に、牧野は何も言葉を返そうとはせず、言うか言うまいかという迷いを見せるように唇を噛み締めた。

「なんですか?」

明子に促され、牧野はようやく口を開いた。

「かなり、よくなっていたんだ。まだちょっとばから早口なところはあったけどな、声や手の震えとかそういうのは、そんなに目立たなくなってきていたんだ。どもるのも、気になるほどじゃなくなってきたし。君島さんが育てたんだよ、一人前にしてやろうって」

課長が引き留めてくれたから、今まで頑張れたのだと、沼田もそう明子に言っていた。
牧野の言葉は、それを裏付けていた。

「けど、大塚が、またひどくさせちまった」

吐き捨てるように言ったその言葉には、怒りと悔しさが滲んでいるようだった。

「なんか、客先でちょっと笑われたことがあってな、それを、いつものように面白おかしくあれこれ言いふらして、すっかり萎縮しちまったんだ」

牧野から聞かされたその事実に、明子は思わずがくりと頭を垂れた。


(また、か)
(大塚さん、呆れるくらい変わらないのねえ)


本日何度目になるか判らない脱力感の来襲に、明子は肩を落として項垂れながら、沼田が見せた大塚に対する嫌悪感の根っこはそれかと、理解した。

「今回、沼田と大塚を組ませるのも、君島さんも迷ったんだよな。ますますひどくなったらってな。ただ、土建会社を野木に任せて、別件を大塚にしたら、どっちも君島さんが目を光らせておかなきゃならないしな」

吉田係長が、と言いかけて、明子は口を噤んだ。そもそも吉田が仕切ることができれば、最初からこんな事態にはならなかったのだと気付いたからだ。


(島野さーん)
(早く広島から、帰ってきてくださーい)
(君島さんが、倒れちゃいますよ?)


遠く離れた場所にいる、君島の懐刀とも評されている右腕的存在に、明子は手を合わせる思いで祈った。
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