リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「まあ。利用されたわけじゃなさそうなんで、もういいです」

さらりと言った明子の言葉を聞いて、牧野がじろりと明子を睨んだ。

「ひでえな。なんだよ。利用するって。そりゃ、多少は隠したことはあったけどな、そんなにデタラメな話をしたわけじゃねえぞ」
「野木主任たちが、怖がって逃げているみたいなことまで言ったじゃないですか。ひどすぎません、それ」
「別に、でっち上げたわけじゃねえよ。そう聞かされたんだよ、吉田係長から。だから、葬儀の件は連絡してあるんだなと、思ってたんだからな。まあ、小杉に話した時点じゃ、それはウソだとは知っていたけどな。でも、言われたのは事実だ。間違いなく事実だ。絶対……」
「わ、か、り、ま、し、た」

もう、いいですと、明子は牧野の言葉を遮った。判ったと明子が根負けするまで、牧野は喋り続けそうだった。
なんだよ、その投げやりな返事はと、牧野はまた不服そうにぼやいたが、なにかを思い出したように内ポケットに手を入れると、メモリースティックを取り出した。

「隠してた訳じゃないからな。昨日、木村が見舞いに行って、俺に渡せと預かったんだとさ」

渡しとく。
『見舞い』と『木村』という単語で、牧野から手渡されたものが誰からの贈り物なのかは、明子にも見当がついたが、その中身が判らなかった。

「見りゃ、判る」

眉間に皺を寄せて訝しがっている明子に、牧野は連絡事項を伝えるような口調で、そう告げた。

「判りました。見てみます。ところで、牧野さん。まさかと思いますけど、木村くんのこと、叱り飛ばしたりしてませんよね?」
「そこまで料簡、狭くねえっ 病人の見舞いに行ったくらいで、目くじらたてるかっ」
「なら、いいんですけど」

ムキになってまくし立てる牧野を、明子はうるさげに眺めながらそう言って肩をすくめた。
そんな明子に面白くなさそうに鼻を鳴らしながら、牧野は声のトーンを少し落として「ここ最近さ……」と、切り出した。

「あいつも、面倒見のいい先輩になっていたんだよ。だから、木村だって、あいつに懐いていたんだ。なのに、こんなことやらかしやがって」

バカやろう。
最後は吐き捨てるようにそう言って、牧野は悔しげにくしゃりと顔を歪めた。
けれど、そんな牧野に驚いた顔で立ち止まってしまった明子に気づくと、すぐに口調を改めて「ほれ、仕事だ、仕事。時間がねえんだ、さっさと始めろ」と、素の顔で明子をせき立てて、会議室を出た。

「牧野課長ーっ、電話ですっ」

会議室を出るなり、元気な木村の声がかかり、それが合図だったかのように、牧野は仕事用の顔に切り替わった。
そんな牧野の隣で、明子もまた、自然と仕事用の顔に切り替わった。
まだ釈然としないものもあるが、とりあえず、次の仕事のウォーミングアップ的な目的で投入された仕事なら、きっちりウォーミングアップしておいてやれと、そんな開き直りにも似た決意で席に戻った明子は、下ろしていた髪をキリッとひとつに結い上げて、パソコンを立ち上げた。
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