リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「沼田。こっちももう、今日は仕舞いだから、心配しないで帰れ。これのことは、心配しなくていいから」
牧野の言葉で、ようやく、沼田の存在を思い出した明子は、顔を上げて背後を振り返った。
こちらを心配げに見ている沼田と、目が合った。
牧野に帰れと促されても、働いている明子の姿に、今まで帰ろうとしなかったのだろう。
(悪いこと、しちゃったな)
(自分のことで手一杯で、ほったらかしにしちゃってた)
おそらく、その間、沼田を気に掛け様子を見ていたのは牧野だろうと想像がつくだけに、情けなかった。
これが、出世頭の誉れも高い牧野と、お情けでやっと主任になれた自分の差なんだろうなと、明子はそんなことをぼんやりと、頭の片隅で考えた。
「昔っから、徹夜でもなんでもするやつなんだよ、これは。気にするな」
笑いながら人を指差してそんなこと言う牧野に「牧野さんに、それを言われる筋合いないですよっ」と、明子は舌を出しながら抗議した。
(会社で、何日も、ダンボール敷いて、新聞紙被って寝ていたようなやつに、とやかく言われる筋合いはないってば)
(だいたい、今日中と言ったのは、その口でしょっ)
グツグツと、そんなことを思っている明子の耳に「判りました、お先失礼します」と、遠慮がちな沼田の声が届き「お疲れさまでした」と声を掛けながら、ふと時計を見て、明子は愕然となった。
(しゅ、終電。行っちゃったよ)
(とほほんだー)
(タクシー、呼ぶかあ)
時計の指し示している時刻に、明子が肩を落としていると、牧野が陽気な声で「帰るぞ」と明子に言った。
「送るから、帰る準備しろよ」
「え? いや、大丈夫」
タクシー呼びますからと、牧野の申し出を固辞しようとする明子を制するように、牧野はバカと明子の額を小突いた。
「大丈夫なわけねえだろ。歩いて帰る気か。バカ。素直にありがとうございますと言え」
全く、お前はと、吐き出す息でそう言って帰り支度を始める牧野に、明子は小さく鼻を鳴らした。
(バカって……)
(そうやって、上から物を言うから、いやなんですよっ)
(ありがたみ半減ですよっ、もうっ)
胸中でそうぼやきながら、明子も仕上げた報告書をサーバーにあげ、帰り支度を始めた。
牧野の言葉で、ようやく、沼田の存在を思い出した明子は、顔を上げて背後を振り返った。
こちらを心配げに見ている沼田と、目が合った。
牧野に帰れと促されても、働いている明子の姿に、今まで帰ろうとしなかったのだろう。
(悪いこと、しちゃったな)
(自分のことで手一杯で、ほったらかしにしちゃってた)
おそらく、その間、沼田を気に掛け様子を見ていたのは牧野だろうと想像がつくだけに、情けなかった。
これが、出世頭の誉れも高い牧野と、お情けでやっと主任になれた自分の差なんだろうなと、明子はそんなことをぼんやりと、頭の片隅で考えた。
「昔っから、徹夜でもなんでもするやつなんだよ、これは。気にするな」
笑いながら人を指差してそんなこと言う牧野に「牧野さんに、それを言われる筋合いないですよっ」と、明子は舌を出しながら抗議した。
(会社で、何日も、ダンボール敷いて、新聞紙被って寝ていたようなやつに、とやかく言われる筋合いはないってば)
(だいたい、今日中と言ったのは、その口でしょっ)
グツグツと、そんなことを思っている明子の耳に「判りました、お先失礼します」と、遠慮がちな沼田の声が届き「お疲れさまでした」と声を掛けながら、ふと時計を見て、明子は愕然となった。
(しゅ、終電。行っちゃったよ)
(とほほんだー)
(タクシー、呼ぶかあ)
時計の指し示している時刻に、明子が肩を落としていると、牧野が陽気な声で「帰るぞ」と明子に言った。
「送るから、帰る準備しろよ」
「え? いや、大丈夫」
タクシー呼びますからと、牧野の申し出を固辞しようとする明子を制するように、牧野はバカと明子の額を小突いた。
「大丈夫なわけねえだろ。歩いて帰る気か。バカ。素直にありがとうございますと言え」
全く、お前はと、吐き出す息でそう言って帰り支度を始める牧野に、明子は小さく鼻を鳴らした。
(バカって……)
(そうやって、上から物を言うから、いやなんですよっ)
(ありがたみ半減ですよっ、もうっ)
胸中でそうぼやきながら、明子も仕上げた報告書をサーバーにあげ、帰り支度を始めた。