リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「あー。来月の忘年会、小杉、足はあるのか?」
「足? あー。現地集合でしたっけ」

牧野にそう言われて、今の今まで失念していた行事を、明子は思い出した。


(しまっただわ)
(電車、調べておかなきゃ)
(最寄り駅、どこだっけ?)


この会社では、新年会は会社を上げてやるのだが、忘年会は各部署ごとに行うことになっていた。
会社から、年間通して一人当たりいくらという福利厚生費が割り当てられている。
女性社員が多い営業部では、二ヶ月に一度ほどの割合で軽めの食事会を行い、忘年会はちょっとしたところでコース料理を頼んでの食事会をして終わっていたのだが、第二システム部は、頻繁に食事会や飲み会を部をあげてやっている時間もないということで、その分、忘年会は温泉地に宿をとって盛大に行うのだと、幹事からの案内メールを見て、明子は知ったばかりだった。
昔はそんなことなかったのになあと、木村から詳細を聞き出した明子は、少しばかり驚いた。
マイクロバスでも借りていくのかと思いきや、各自現地集合とあり、さらに明子はびっくりした。
そして、そのままその話を忘れ、どうやって現地に行くのかまでは、まだ考えていなかった。

「足がないなら乗ってけ。朝、寄ってやるよ。荷物持って、通勤ラッシュの電車はきついだろ。どうせ、通り道だ」
「でも、遠回りさせ」

だから、素直にはいと言えと言いたげに、じろりと明子を睨む牧野の目に、明子は言いかけた言葉を皆まで言わずに飲み込んで「ありがとうございます」と、頭を下げた。
そんな明子に、牧野は「まあ、よしとするか」と言い、満足げに笑った。


(確かに、ね)
(そのほうが、助かるし)


毒舌マンからのせっかくのご好意だ、甘えておこうと、明子は内心で頷いた。

「十二月の鬼怒川って、雪とか降らないんですか」
「去年はそうでもなかったけど、一昨年は積もってたな。スタットレス履いていくから、心配するな」

そんな会話を交わしながら、少しだけ、居心地の悪いもどかしさを明子は覚えていた。
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