リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
牧野の鬼のようなチェックをなんとか切り抜け、いいだろうと合格点を付けられた資料が、決戦日と定めた金曜日に向けて着々と仕上がっていった。
正直、スケジュール的にはかなりきつい。
部長の顔だか名前だかの威力で、打ち合わせは一日延ばして貰えたが、かといって、それで余裕綽々というスケジュールになれるはずはない。
けれど、精神的に追い込まれることはなく、なんとなく、これならいけると言う根拠のない確信が、明子の中に常にあった。

牧野から手渡されたあのメモリースティックに保存されていたものも、明子に余裕と確信をもたらしている一因だった。
僕よりもっと吸い上げていると言った沼田の言葉通り、大塚が隠し持っていた資料には、沼田が拾いきれなかった要望もきっちり記され、それら全てを踏まえた上での提案が、まだ草案レベルではあったが作られていた。
初めてそれに目を通したとき、ため息がこぼれそうになったが、どうして、なんでと大塚の謎の所業について考え込んでいる場合ではないと、明子は気持ちを切り替えた。

そして、こちらにこれらの資料を差し出してきたということは、これも使えと言う彼の意思表示なのだろうと解釈して、明子はそれらも遠慮なく使った。
ベースとなる資料があることが、明子の気持ちをいっそう前向きにさせていた。

火曜の午前中、ちらりと吉田が顔を見せた。
けれど、明子にも牧野にも一言の挨拶もなければ、嫌味の欠片も放つことなく、社を出て行った。

金曜のプレゼンの準備を進める一方で、合間に木村や渡辺たち後輩の仕事を見て、川田や小林の仕事も手伝った。
本来、それが明子の仕事だ。
土建会社のプレゼンは、明子にとっては最優先事項ではあるけれど、二課にとっては違う。
プレゼンの準備が忙しいを理由に、本来の役目を蔑ろにしては本末転倒だと、明子はそう気持ちを引き締めていた。
甘えることを許してくれない、そんな鬼上司の下で働くのも楽ではないなあと、家に帰ると身を投げ出すように倒れ込んだソファーの上でぼやきながら、女の明子には優しくない上司でも、働く明子には少し優しい上司に、嬉しくなっている自分に苦笑していた。

水曜の午前に、赤木からの電話が入ったが、今回ばかりは木村に任せた。
助けてくださいと訴えるその目に、がんばれ、やればできる子なんだからと、心のそこでエールを送りつつ、そっぽを向いてそ知らぬ顔をした。
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