リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「真っ黒の苦いコーヒーを飲んでいるときの課長は、機嫌もいいし元気もいいって課長だから、ガッツンってへまこされる衝撃も半端ないんだよね。だから、それはできたら避けたいじゃん。小杉主任が淹れてきた甘いコーヒーを飲んでいる課長は、機嫌は悪くないけど元気は半減っていうときの課長だからさ、チャンスなんだよ。だから、なるべくそのときを狙っているのにさ。小杉主任がコーヒーを淹れてくれないと、それが判らなくなっちゃうじゃん。それ、困るって。だいたい、課長の好みが判っていないヤツが淹れた不味いコーヒーで、チョー不機嫌になっちゃっている課長に、うっかり怒られそうな話しとかしちゃったら、大惨事じゃん」

それは困るよ、困ると、ボールペンを指先でクルクルと回転させながら、絶妙過ぎるタイミングで始まった止まる様子のない木村のとぼけたそのぼやきに、次第にあちらこちらから忍び笑いがこぼれる。
小林は机に突っ伏して笑いを堪え、牧野は「あのやろう」と言いながらも、苦笑混じりの楽しそうな笑みを浮かべていた。
沼田までもが、仕方ないなと言うように首を小さく振りながら、楽しそうに目元を綻ばせていた。

そして美咲はと言えば、振り上げいてた拳の落とし所をなくしてしまったような顔で、突然、ぺらりぺらりと喋り始めた木村を、ただ茫然と眺めていた。


(木村くん)
(そのお口を、この後きっちりと、成敗してやるつもりだったんだけど……)
(やっぱり、キミにはそれが必要だわ)


明子の肩からも、するりと力が抜けていった。


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