リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「常務の奥さんが、とにかく、あの末娘に甘いらしい。かわいい娘のために、それくらいのことはしてくださいと、常務に詰め寄ったって話だ。一緒にお仕事をするようになれば、素敵な女性だと判ってもらえるはずだとな」

本物の親ばかだわと、明子は呆れ混じりのため息を吐いた。

「そうは言っても、こう言っちゃなんですが、やってることも言ってることも、的を外しすぎてませんか、あの子。私が自分勝手に沼田くんの仕事を手伝っているって、本気で言ってましたよね、今日。びっくりしましたよ、ホントに」
「なあ。そんなこと、あるわけないだろうに。誰かから、そんな話を面白おかしく吹き込まれて、本気にしちまったんだろうな」
「えー。本気に、しますか? 普通」
「あのヒメならな。それくらい、会社の仕組みっつーか、常識っつーか、そういうものを知らないお嬢様なんだよ」

入ってきたころは、今よりすごかったんだぞと笑う小林に、なにがどうすごかったんですかとは、怖くては明子は聞けなかった。


(元の奥さんといい)
(あのお嬢様といい)
(牧野さん、ホントに一度、お祓いしてきたらって感じね)


女難の相と言った小林の言葉を思い出し、明子はモテ男も大変だわねと失笑した。

「うちの常務、婿養子ってこともあって、あんまり、奥さんには頭が上がらないんだよ」
「あー。そう言えば、お婿さんでしたっけ。なるほど」
「専務にも、かわいい姪のために協力しろと詰め寄ったらしいしな。従兄弟同士だから、遠慮がないんだろうな」
「そこは、遠慮してほしいなあ」
「ウチもな、なんだかんだ言っても親族経営だからな。上のほうのあの濃ゆい繋がりは、ちょっとこういうとき、やっかいだよな。暴走を止めるストッパーがいないからさ。もしかしたら、土建屋さんのほうがマシかもな」

いやだいやだと、うんざりした様子で首を振る小林に、明子はもはや乾いた笑いをこぼすしかなかった。

「最初は、ウチの課に入れるって話だったんだけど、牧野が本気で嫌がってな。入れるなら自分は辞めるって、辞表まで出したんだ。常務たちもそれには慌ててな」
「そりゃ、ウチの稼ぎ頭に、そんなことで辞められたら大損ですものね。牧野さんなら、ウチを辞めたところで、引く手あまたで働き先なんてすぐに決まるでしょうから、困ることはないでしょうけど」
「だからな。最終的に、三課の配属になったんだ。できることなら秘書課にでも入れて、専務のそばに置いていて欲しかったけどな」
「三課も、いい迷惑ですね」

とんだとばっちりじゃないですかと気の毒そうに言う明子に、小林もまあなと頷くしかなかった。

「ほれ。三課は、ほとんどが客先に常駐していて、月末の定例会議のときくらいしか戻ってこないだろ。だから、一番被害は少ないだろうって、上は判断したらしい」
「まあ、そうかもしれませんけど」
「最初のころは、岡本課長が目を離すと牧野べったりで離れなくてな。今年になってからかな、大人しくなってきたのは。ヒメさんがしゃしゃり出てくることが、できなくなってな」

そう言った小林は、ディスプレイを眺めている明子の横顔を様子を窺うように見つめるが、明子は小林の視線に気づくことなく、「へえ」と興味なさげに頷くだけだった。
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