リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
なんとなく、聞き覚えのあるその声に、明子は嫌な予感を覚えた。

室内に入った来たその声の主たちは、そこにあった明子の姿に気付き、ぴたりと声を潜めた。
わざわざ顔を向けて確認するのも面倒で、明子はディスプレイを見つめたまま、気付いていないふりでお弁当を食べ続けた。

カツカツと、怒りモード全開で近づいてくる足音に、これってある種のホラーだわねと、明子はため息をついた。

「なんで、あなたがいるのよ?」

背後から掛けられた尖ったその声に、明子はげんなりしながら、仕方がないと振り返った。

「なんでって。仕事があるからよ? 他に会社にいる理由ないでしょ」

目をキリキリと吊り上げて、明子を忌々しそうに見ている美咲を、困ったお嬢様だなあというようにちらりと見上げ、明子はまたディスプレイと向き合うようにして、おにぎりを頬張った。

「牧野課長から、深夜に、わざわざ、電話を貰って、仕事を手伝いに出てきて貰えないかと頼まれたら、断れないでしょう」

だから、出勤してるのよと美咲に伝えながら、しまった、言い方を間違えたわと明子は思う。けれど、頬はだらしないほど、緩んでいた。


(あなたのケータイに、牧野さんからの電話が入るなんてこと、ぜったいにないでしょう)


くだらないと思いながらも、そんな優越感がふつふつと明子の中に沸いてきた。
きっと、今の明子の言葉に、美咲はさらにその目を吊り上げているに違いない。
振り返らなくても、黙り込んでしまったその雰囲気から、それは十分に判った。
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